Vol.01   
2010.9    ベッカライ ビオブロート    兵庫県芦屋市宮塚町14-14-101 Tel.0797-23-8923
石室窯を通じての出会い 

 <石室窯>への問い合わせの電話。それが、松崎太氏とお知り合いにな

るきっかけだった。

 アポを取り、電話から1週間ほどして松崎氏のお店「ベッカライ ビオ

ブロート」を訪ねた。お店は阪神電車の北側、ちょうど「芦屋」駅と「打

出」駅の真ん中あたり、宮塚公園の西隣に位置していた。

 間口2間ほどの小ぶりなお店で、赤いテントが目を引く。外観は粗削り

な大きな一枚板を並べて貼っただけの素朴なデザインだが、それがかえっ

て新鮮で、こちらがわにどこかほっとした印象を与える。お知り合いにな

った今としては、へたに小細工をしない松崎さんのパンづくりと共通する

素敵なお店だと感心させられる。

 店内も外観と同じく木の板を貼った素朴なデザインで5坪ほどの空間。

4尺ほどのショーケースとレジ台、ジャムの小瓶などが並ぶ陳列棚、ドリ

ンクケース。商品は、対面販売で、レジ後ろの壁2面はすべて棚。そこに

焼きあがったドイツパンが手書きの札とともに並べられている。ショーケ

ースには、シナモンロールやクロワッサンなどの菓子パンが、これも木の

トレイに整然と並べられている。前知識もなくはじめてここを訪れた客は

おそらく戸惑いを覚えるだろう。色鮮やかなフルーツで飾られたデニッシ

ュもなく、あんぱん、カレーパン、フランスパンなど、およそたいていの

パン屋さんには置かれていようはずの商品は一切ない。店も小さく、対面

販売。札に書かれたパンの名前も聞きなれない、舌を噛みそうなものばか

り。少々気後れするかもしれない。でも、そうした不安をよそに店員の女

性はていねいに商品について語ってくれる。それは社員教育うんぬんとい

うのではなく、店員の女性もこの店のこのパンの熱烈なファンなんだとい

うことがすぐにわかる。お店にはひっきりなしに客が来る。常連客ばかり

ではなく、口コミでネットでこの店のことは知れ渡り、すでに超有名店で

ある。遠方からわざわざ買いに来られる客も多い。昼ごろにはすべて売り

切れてしまうことも少なくないという。予約も多い。

 工房に入ってすぐに窯が置かれている。4枚3段の普通の他社製のデッ

キ窯だ。それほど古い窯だとは思えない。むしろ新しい。聞くと新品で購

入して4年半ほどだという。これはダメだと思った。4年そこそこで窯を

入れ替えるモノ好きはそうはいない(松崎さんごめんなさい。でもそのと

きは本当にそう思ったのです)。

これからのパン職人のあらたな可能性

 松崎氏は、不変的な技術を身に付けたい。伝統的な仕事に就きたいと

考えていたのだという。大学卒業を前に、その職種は鍼灸師かパン屋に

絞られ、結局はパンの道を選択したのだという。京都のリテイルベーカ

リーに勤めたが自分の進むべき方向が見えてこない。そんなとき、ドイ

ツのマイスター制度について知った。ドイツへ行くことを決意し、実行

に移した。その実行力と勇気は尊敬に値する。

 ひとくちにマイスター資格といってもまったくもって簡単なものでは

ない。ましてや言葉のハンデを背負う日本人にとってはなおさらだ。

実務はもちろん経済学、経営学などの学課も課せられる。だが、松崎氏

は通常5年から6年はかかる資格を成績優秀ということで、4年ちょっ

とで取得した。

 帰国後、よりによって有名競合店がひしめく当地に開業をした。しか

も、パンは自前の石臼で挽いた全粒粉をつかい、自分が食べておいしい

と思うものだけを出した。有機栽培の材料にこだわり、伝統的な製法に

こだわり、長時間熟成し、手間ひまかけてつくりあげた。オーガニック

の材料費は高くつく。当然、販売価格も安くはない。一人だから、ある

一定量以上多くはつくれない。つくるパンの種類も限られてくる。

店も小さく、対面販売にした。まったくもってセオリーや客に迎合しな

い独自の路線を突き進んだ。しだいに松崎氏のつくるパンはファンをつ

かんだ。それは自然派生的に口コミで広がり、ネットで話題になり、雑

誌にも取りあげられた。松崎氏がさらに興味深いのは、そのライフスタ

イルにある。たいていは9時間以上働くことをしない。週休2日制(実

際には半日は仕込みにあてる)。昼には仕事を終え、ランニングで三宮

などへ出かけてランチをとることも多い。お気に入りの喫茶店で、ドイ

ツ語で書かれた古いパンや窯についての蔵書を読むのが楽しみだという。

その話を聞いて筆者はとても新鮮な感動を覚えた。とかく長時間労働で、

そのほとんどを工房で過ごす職人が多いこの業界で、松崎氏は、これか

らのパン屋の新しいあり方というか可能性をさし示しているといえば大

げさだろうか。

ドイツ修行時代に触れた石窯が忘れられない

 たまたまホームページで当社が石室窯を作っていることを知り、電話

をくださった。興味を示してくださった松崎氏に当社で実際に試験焼き

をお願いした。生地は実際にお店で使っているものを持参していただい

た。その試験焼きは1回では終わらず、何日間かに及んだ。窯の窓から

中を覗き込んで、生地のあがり具合をうれしそうに見ている松崎氏は、

まったくもって少年さながらだった。新しいバットやグラブを試すイチ

ローもきっとこんな感じなのではないかと、ふとそんなことを思った。

背後から、その姿を見ていてなぜだかとてもうれしかった。この仕事を

していてよかったと松崎氏は思わせてくれた。試験焼きを経て、通常の

ものより石の厚みを厚くした。松崎氏の焼くロットに合わせて庫内も奥

に少し長くした。

 実際にお店に導入していただいたあとも微調整を何度か繰り返した。

あるときドイツ語で窯のことを書かれた古書の挿絵を見せていただき、

その絵のように思い切って窯の後ろを大きく上げた。それでずいぶん

良くなったと言っていただいた。

松崎氏の窯の使い方は一般とは違う。乱暴な言い方をすると、最初に窯

の温度をぐんとあげ、そのあと石の蓄熱(余熱)だけで焼くという方法

だった。吸水率の高いパンは、石の熱でなかまで火通りがよく、よく膨

れ、ケービングも起こしにくい。焼成時間も短縮されたという。

 もちろん、当社の石室窯の使い方はお客様次第であり、一般的には、

4枚3段のうち一段を石室窯にし、バケット系専用に使われるケースが

多い。種類の多い菓子パンをたくさん焼く場合には、蓄熱性のよさがか

えって邪魔になる場合もある(庫内の温度が下がりにくい)。

だが、松崎さんとの仕事で、石室窯の性能にはさらに自信がついた。

松崎氏との仕事は楽しかった

 いろいろと新鮮なことも多かったし、勉強にもなった。触発されるこ

とも多かった。あらゆる面で松崎氏は、首尾一貫していた。そう思えた。

それがどれほど大事なことかを気付かされた。情報過多の社会のなかで

は自分らしさを失わないことはとても難しい。

 松崎氏のようなパン職人がいることがとても新鮮だったし、失礼かも

しれないが、とても愉快に思えた。飽食が終わり、質素でつつましやか

だが、本物のオリジナリティが好まれる時代、同時にそれは安価ではあ

りえない。リーズナブルである。そんな傾向へと時代はゆるやかに向か

っているのかもしれない。ただ、それは筆者が単に年をとったからそう

思うのかもしれない。

 ドラッガーが生きていたら、これからの時代をどう呼んだのだろう。

ふとそんなことを考えた。

 

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